『超かぐや姫!』レビュー 希望に満ちてた「あの頃の熱量」を超絶クオリティで蘇生!

今回は各界で話題沸騰の『超かぐや姫』の感想です。

最新作に見えて懐かしネタの結晶という、なんだか不思議な映画。

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作品概要/あらすじ

Netflix独占

出典:TMDB

制作:2026
監督:山下清悟
主演:夏吉ゆうこ、永瀬アンナ、早見沙織

ちょっとだけ未来の日本、東京。
七色に光るゲーミング電柱から出てきたのは、現代版かぐや姫だった。
そんな謎めき姫が出会うのが、訳アリ一人暮らし女子高生の彩葉(いろは)。家族と距離を置きつつ学校では成績優秀をキープする、超人的なガッツのオーナーだ。

二人はひょんなことからVR配信の世界に足を踏み入れ、成り行きでトップライバーを目指すことになる!

 

 

あの頃のインターネッツ

出典:TMDB

ゼロ年代――あの頃インターネットはまだ“オタクどもの夢と狂気が混ざり合った魔境”だった。

王座に君臨するメディアはニコニコ動画。そこではsupercell(ryo)や米津玄師(ハチ)といった脳天をブチ抜くマグナム級の天才たちが、日夜クリエイティブ魂で殴り合っていた。初音ミクというデジタル歌姫がその才能の爆心地に立っていたのは言うまでもない。

オタクたちは思った。「このまま行けば、未来はもっとすごいことになるに違いない」と。細田守の『サマーウォーズ』は、その憧憬を極限まで純化した「ぼくの考えたさいきょうのネット理想郷」だった。
あの頃のネットは確かに荒れていたが、同時に“何かが生まれる予感”に満ちていた。
 
だが20年が経ち、現実はどうだろう。
確かに技術は進歩し、AIは神のごとき演算能力を手に入れた。
その一方でSNSは憎悪の投げ合い場と化し、Xとヤフコメは“バカの可視化”によって誤情報の繁殖地に。Vtuberは弱者を狙う守銭奴ビジネスに堕落。全方面で“誰かの怒り”を燃料にしたコンテンツだけがバズる世界がやって来た。
もはや地獄である

もちろんこの捉え方は悲観的すぎるし、ニコニコ黄金期を過剰に美化したノスタルジーでもある。
だが『超かぐや姫』はそのノスタルジーをあえて研ぎ澄ませ、現代のネット地獄に対して「それでも楽しい未来を信じていいんだぜ」と殴り返す作品となっている。

 
 

 

底抜けに楽観的!

出典:TMDB

『超かぐや姫』は、とにかく底抜けに明るい。
嫌なものは画面に一切出てこないし、悪役もいない。誰も裏切らない。全員が主人公を理解し、支え、応援する。

ライブシーンは美しく、ryoらによる楽曲は抜群に耳に残る。しかもアクションシーンまで派手に炸裂する。観客の脳みそをポジティブに洗浄するような、純度100%の“楽しさ”がそこにある

インターネットや音楽などテーマ的には『推しの子』と共通項が多いのに、世界観はまるで鏡像。あちらが現実の闇を凝視するなら、こちらは理想の光だけを凝視する。

そして極めつけはボカロ懐メロのオンパレード
『ワールドイズマイン』が流れた瞬間、観客の心の奥に眠っていたゼロ年代の魂が「まだやれるぜ!」と飛び起きる。
ビートセイバーやVRChatなど、今日のVR文化を支えてきたコンテンツへのリスペクトも溢れんばかりだ。

とにかくノスタルジーを“あえてやってる”映画だとはっきり分かんだね。

 

 

薄っぺらい「昔は良かった」映画か?

画面はめっちゃ若々しいのに、ある意味では年寄りのグチみたいな映画だ『超かぐや姫』。過去への逃避と言い換えられもぞする…。

だがこの異様なまでの楽観性には、今のネット社会が失ってしまった未来への期待が詰まっている。

ニコニコ全盛期だって民度は大したことなかった。だが断言する。今のXよりは100倍マシだった
だからこそ『超かぐや姫』には、今こそ取り戻すべきインターネットの希望がある。
それは懐古ではなく再起動だ。
あの頃のガッツをもう一度思い出せ――そんなメッセージがゲーミング電柱から聞こえてくる快作である。

 

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