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『子宮に沈める』感想 タイトル通り超ド級の胸糞映画 でも目をそらしちゃダメなんだよね…

イヤなことを後回しにしちゃうこと。ありますよね~…。

かく言う私が後回しの達人。
あとで絶対マズいことになるって分かってても「まだ大丈夫」的な根拠のない希望的観測にすがって、ついつい先送りにしちゃうんですよね。

 

でも世の中には絶対に後回しにしてはいけない事案もあるわけで。
今回紹介する映画『子宮に沈める』はまさに、超ドレッドノート級の後回し厳禁案件である「子育て」を盛大にブッちぎってしまったある母親の物語。

実在の虐待死「大阪二児餓死事件」をもとにした本作は、不吉なタイトルに偽りのないヘビー級の胸糞ムービーに仕上がっています。

 

生半可な覚悟では鑑賞をおすすめしません。
ブラックラグーン風に言えばこいつを見るな!傷になる!!です。
しかし現代日本における何の変哲もない町で、かくも無惨100%な事案が起きてしまったことはすべての人が知っておくべき事実でしょう。そういう啓蒙的な意味では必見の一作です。

 

 

子宮に沈める

2013年 日本
監督:緒方貴臣

 

子宮に沈める [DVD]

 

評価 D

 

実際の「大阪二児餓死事件」をかるーくおさらいすると、以下のような概要です。

・母親はすさんだ環境で育った成人女性
・風俗店で働きながら二児を出産
・父親(夫)は家族をおいてあっさり蒸発
・母親がホストにハマりだして育児放棄気味に
・ついに50日間連続で家を空け、その間に二児(1歳と3歳)は餓死
・久々に帰宅し子どもの死亡を確認した母親は、そのまま出かけて彼氏とセックス
・逮捕、裁判を経て懲役30年で確定

 

…もう読むだけでめまいがしてくるほど酷い、酷い事件です。
目をそむけたくなるこの気持ちノンストップ。
直視さえ難しいこの事件を映画化しようってんだからもう、製作陣の覚悟にぼくは敬意を表するッ!(CVフーゴ)

 

映画は全編通してBGM無しで綴られます。
あるのは僅かなセリフと物音だけ。
エンドロールさえも静まり返る『アメリカン・スナイパー』仕様。

そしてカメラワークも独特で、ほぼ全編が定点カメラで撮りあげられています。
すべての画面が置いてあるカメラにたまたま映ってしまったかのような生々しさ。
実際、登場人物が画面からフレームアウトしてもカメラは追いかけたりしない。あくまで「そこにある風景」を加工せず切り取ってきた雰囲気が貫かれています。

この無音+定点カメラの破壊力は抜群で、鑑賞中つねに「これは本当にあったことなんだ…」と強く意識づけられます。
いきおい居心地の悪さは半端じゃなく、耳血を流し奥歯を食いしばりながら「早く終わってくれーーギリギリ」となってしまいましたね。

 

幸せいっぱいの母児。
しかしてるてる坊主がほのめかすのは、「赤い毛糸」で「首を絞める」という不吉さ…。

 

映画の前半では、ごく普通の幸せな一般家庭の風景が描かれます。
「毛糸」「編み棒」「レジャーシート」
ありふれたアイテムが幾つかそれとなーく登場。
しかしそのすべてが、映画終盤ではまったく意味を変えて再登場します
この円環構造は見事!

 

父親(夫)が蒸発し、残された母親の生活は少しずつ狂っていく。
おとなしかった服装も、だんだん品も知性もないビッチ風に。
男を連れ込むことに抵抗がなくなってきた母親はある日、ドアと窓をガムテープで封鎖して忽然と姿を消します。
ここまでで映画の尺は半分。
残りの尺で徐々に衰弱していく二児がたっぷりじっくり描かれます。はもう地獄すら生ぬるい(CVケンシロウ)。

 

空腹のあまり、包丁で缶詰をこじあけようとする3歳児。
当然あかない。しかもフタが切れずに指切れる。
見てらんない( ;∀;)

 

やがて1歳児が先に衰弱して死亡。
3歳児も弱っていきますが、死に至るまさにその直前、間一髪で母親が帰ってきます。

「よ、よかった!これでお姉ちゃんの方は助かる!!」

安心する私。さーあとはエピローグ見るだけだ!
と思ったら母親、風呂にいっぱい水をためて3歳児を無事溺死させます

なんぞーーーー!!??

実際の事件から大幅に改変したこの顛末は、「母親には明確な殺意と計画性があった」と強調する製作陣のスタンスからでしょう…。

 

あくまで映画はフィクションなので「この点とあの点が現実の事件と違うからダメだ!」とか申し上げる気は毛頭ありません。

ただ、この事件を映像化するなら母親に直接手を下させるより前に餓死の壮絶さと向き合うべきだったと思います。

実際の事件で3歳児はマヨネーズや缶詰はおろか、空腹のあまり自分の糞尿や腐った残飯まで食べていたことが司法解剖で明らかになっています。
直接の死因は栄養失調による衰弱ではなく、むしろ悪食で食中毒を起こしたことだとか。

あまりにも残酷です。
こんなことがあっていいはずがない…。

 

ところが映画ではこのあたりは実にマイルドに描かれています。
3歳の女の子は空腹のあまりマヨネーズを直飲みしたりするけれど、糞尿のたぐいはほのめかすぐらいの描写に抑えられている。
むしろ死の直前までほっぺはふっくら、お目目はぱっちり。とても餓死寸前の児には見えません。

先立って遺体となってしまった1歳児にはやがてウジ虫がたかり始めますが、ここも直接画面に出さない。
床をのたうつ無数のウジ虫で表現されるに留まります。

この事件の最も注目するべき点は、ただ単に児を虐待死させただけに留まらず明確な殺意をもって餓死させたことにあると思います。
なので、餓死がいかにひどく惨く苦しく残虐なものであるか描かずして映画化は成立しません。

目をそむけたくなる凄惨描写の連発である本作ですが、敢えて申し上げます。
ぬるい、と。

 

レジャーシートに包まれた二児の死体を、全裸で茫然と見下ろす母親。
母親が顔を上げ、画面手前を見つめるシーンで映画は終わります。

『殺人の追憶』と似てますよね…ラストシーンの登場人物の視線で、突然「いまこの映画を見ている私たち」を強烈に意識させる演出が。

我が職の性質上、虐待案件と関わりを持つことは他の仕事より少なくはないと自負しています。
でも…こんなラストシーンを見せられたところで、どうしろって言うんだよ!
虐待を察知できるのはもうコトが起きた後なんだよ!!

 

この事件だって…悪逆非道な母親が重刑をもって断罪されるべきなのは当然ですが、それだけで終わっていい訳がないことは重々承知です。
でも…どこに介入できたんだ?
遠因が母親自身が育ってきた養育環境にあるとか、典型的な "貧困の拡大再生産" じゃないですか!
そもそも根が深すぎるんですよ!

まあ…そこを「じゃ、考えといてください」と問題提起するのが監督の真意なのでしょう。
悔しいですがその宿題は心に刻み込まれましたよ…。

 

追記:
2020年7月。
本稿を下書き記事として寝かせている間に、東京品川で母親が3歳児をネグレクト餓死させる事件が発生しました。

シンママが彼氏と遊び歩いている間に子供が餓死したという顛末は、大阪の事件と瓜二つ。

やるせねぇ…。ほんとやるせねぇ…。
『子宮に沈める』の力作っぷりも、あまりに無力で泣きたくなってきます。

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