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『もう終わりにしよう。』感想 監督の全力やりたい放題 妄想と厭世主義の極太ビーム

Netflixオリジナル映画『もう終わりにしよう。』を観ました。
監督は"何が現実か分からなくなる映画"の大家であられるチャーリー・カウフマン。
毎回「つまり…どういうことだってばよ」と言いたくなる不思議映画ばかり手掛けてきたカウフマンですが、本作『もう終わりにしよう。』と来たらもうあらゆる作品を過去にする超絶ワケわからなさ。作家性フルスロットル。

 

 

もう終わりにしよう。

2020年 アメリカ
監督:チャーリー・カウフマン
出演:ジェシー・バックリー、ジェシー・プレモンス

 

雪の日にドライブをする男女。
二人は恋人同士で、いまから彼氏の方の両親に会いに行くところなのだ。

しかし女性の方は乗り気じゃない。なぜならこの彼氏とはいずれ長続きしないことが目に見えているから。
状況に流されるまま彼氏の実家に到着する二人だったが…やがて彼女の方はめくるめく不思議体験を味わうことになる。

 

…というお話です『もう終わりにしよう。』

彼氏のジェイクを演じるのは怪優ジェシー・プレモンス。
『ブレイキング・バッド』のトッド役で初めて見たときは「なんだか高いところから落ちたマット・デイモンみたいな顔だなぁ…」以上の感想は持てない御仁でした。ちょっとクセのあるモブかな…みたいな程度。
しかしトッドの常軌を逸したキモさはとにかく強烈で、同ドラマの最終話に至る頃には単なるモブどころか超鮮烈な印象を残すに至りました。
『ブレイキング・バッド』後日譚の『エル・カミーノ』なんか、半分以上トッドファンへのご褒美みたいな映画だったもんなぁ(;^ω^)

話が逸れましたがジェシー・プレモンスのキモさはかくも一級品(誉め言葉)で、続く『ブラックミラー』や『ゲームナイト』でも絶妙なキモさを発揮。私の中ではもうブシェミやデフォーに並ぶ名怪優として認識されていました。

そんなプレモンスですが…今回はキモさよりも"哀しさ"全振りの演技。
これまで「つぶれたマット・デイモン」だったその佇まいも、どういう訳だか今回は故フィリップ・シーモア・ホフマンにそっくりです。カウフマン監督作だから連想しちゃってるだけかも知れませんが、とにかくこれまでのプレモンスとは一味違う。ラストには意外なアレまで発揮してしまいます。
これは…ジェシー・プレモンス、めちゃくちゃ株上げたんじゃないの!?

 

そしてジェイクの母親を演じるのがこれまた怪優のトニ・コレット。
トニコレが得意の顔芸を披露しまくる食卓シーンは地獄のような居心地の悪さ。この人が食卓につくと毎回ロクなことにならないな…。見事にヘレディッてます。

ごはん食べてるだけでこの顔面力。

 

で、肝心の映画の内容はと言えば。
本作には明確なストーリー展開は存在せず、ただひたすら恋人同士(+α)の会話が続くという構成になっています。
しかしこの会話の内容…難解かつ深淵なようでいて、実は「人生ってマジ無意味だよね」というとっても単純なペシミズム&ニヒリズムを違う言葉でひたすら繰り返しているだけ。じ、冗長…。

 

カウフマン監督は"何が現実か分からなくなる映画"の名手ですが、本作に至っては全部現実じゃない感じ。
主人公の彼女の方は結局正体不明。呼ばれるたびに名前が変わったり、ジェイクとのなれそめが話すごとに違ったりして現実感が希薄です。
ジェイクの両親も登場のたびに年老いたり若返ったりして「ここにはいない存在」であることがむしろ強調されています。

明確な説明を拒む不条理な一作ですが、あえて強引に解釈を加えるなら、全部あの高校の老清掃員(=ジェイク)の妄想だったということでしょう。
学も知性も豊かで若い頃にはそれなりの大志も抱いていたけれど結局何者にもなれずに老い、今は清掃員としてJKにバカにされる日々。
そんな人生を「もう終わりにしよう。」とある雪の日に凍死した。
それだけの話です。

チャーリー・カウフマンの自伝的なニュアンスも感じますが、とりあえず陰キャをこじらせるのもほどほどにしないと大変ということだけは分かりました。

 

 

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ジェシー・プレモンスと言えばコレ!
…まあ終盤にしか登場しないけど(;^ω^)






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