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『ベルベットバズソー/血塗られたギャラリー』感想 陳腐な勧善懲悪に留まる凡作

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Netflixオリジナル映画の期待作『ベルベットバズソー/血塗られたギャラリー』が遂に配信開始です!

出展:IMDb

 

『ベルベットバズソー』の監督ダン・ギルロイと主演ジェイク・ギレンホールと言えば、怪作にして快作『ナイトクローラー』(2014年・アメリカ)を手掛けたお二人です。

 

『ナイトクローラー』はもう本当に凄い映画でして。
刺激的なスクープを追い求める余りにどんどんモラルを逸脱していく男を主人公に据えたサスペンスなんですが、ジェイク・ギレンホールが演じるこの自称ジャーナリスト野郎が本当に見下げ果てた人間性なんですよね。主人公のくせに。
脅すわ殴るわ嘘つくわ、挙句の果てに○○までしてしまう…みたいな。もう救いようがない。

 

でも『ナイトクローラー』の凄い所は、そんな下劣な主人公をただの唾棄すべきクズとしては描いていない点なんです。
クズはクズでも知恵と度胸があり、チャンスを掴む貪欲さがあり、そして結果を出すべくして出す契約履行力がある。ある意味起業家として持つべき資質を兼ねそろえている有能な人物なワケです。

 

人間として踏み越えちゃいけないラインを易々と越えていくクズのくせに、そんなクズでないと到達し得ない勝利と栄光がマスコミ業界にはある…。
この痛烈な皮肉が高く評価され、『ナイトクローラー』は同年のアカデミー賞脚本賞にノミネートされました。(受賞は逃したけど。)

ナイトクローラー(吹替版)

 

で、本作『ベルベットバズソー/血塗られたギャラリー』はそんな『ナイトクローラー』の監督・主演が再びタッグを組んだという意欲作です。
しかも同じく『ナイトクローラー』からレネ・ルッソも続投。
更に更に昨年『ヘレディタリー/継承』で最恐の顔芸を披露し一世を風靡したト二・コレットまで出演しています。
これが期待せずにいられようか!!

 

…と思っていたのですが。
実際観てみるとう~ん…。しっかり作られた映画ではあると思うけど、押しつけがましいと言うかただただ浅いと言うか。
『ナイトクローラー』が善悪をブッちぎった先の世界を見せてくれたのに対し、本作『ベルベットバズソー』はすごく短絡的な勧善懲悪に留まってるんですよね。
しかもホラー映画としては悲しくなるほど拾い所が無い…。有り体に言えば怖くない。
駄作だとは思わないけど、間違いなく期待外れでした。

 

 

以下の記事 ネタバレ注意!!

 

 

ホラー映画としてこれどうなの?

芸術を食い物にしている鼻もちならない画商の連中が、孤独死した無名画家の遺作を勝手に売りさばいて大儲け。ところがその遺作は呪われていて、関わった画商が次々と変死を遂げていく…というのが主なプロットです『ベルベットバズソー』。
『ナイトクローラー』がメディアの世界を皮肉った映画なら、本作がアートの世界を皮肉った映画であることは一目瞭然ですね。

 

ただ、アート云々を置いてまず言いたいのはホラー映画として作りが甘すぎってことです。
何しろ最初のホラーシーンまで約1時間の尺があります。長すぎです。それまで延々アートの話が続くだけ。
こちとら年に2回くらいしか美術館に行かない芸術オンチ(しかも印象派の有名どころばっかり)なので、アート談義の内容はこれっぽっちも理解できませんでした。
「それはお前が浅学なだけだろ!」と言われればそれまでですが、耐え難いほど退屈な前半パートだったというのが偽らざる本音です。

 

じゃあいよいよホラー解禁となる後半パートが面白いかと言われればそれも微妙で。
なにしろショックシーンの演出のキレが鈍く、全然怖くない。

 

例えばドンドンが殺されるシーンとか意味不明でした。
置いてある人形がギョロっと目を剥く…というアルジェント的なホラー記号が置かれたと思ったら、当のドンドンはそれに気付くことなく全く別の場所で首絞められて絶命。人形なんだったん?

 

トニ・コレットが演じるグレッチェンの惨死シーンも生ぬるい…というかトニ・コレット使ってこれだけ?という拍子抜け感しかありませんでした。
『ヘレディタリー/継承』の糸鋸ギリギリとまではいかなくても、もうちょっと素材の良さを引き出す工夫が欲しかった所です。

 

ロドラ(レネ・ルッソ)が終盤、しょんぼりして佇む姿が呪いの絵画と同じ構図…というシークエンスも『バートン・フィンク』のモロパクりで新鮮味がありません。

 

総じてインパクトに富んだシーンがありませんでした。

 

出展:IMDb

死亡フラグをビンビンに立てた後に興味本位で「穴」に腕を突っ込んでしまうト二・コレットさん。
当然予想通りの事態が起きます。

 

 

浅薄な勧善懲悪

本作の主張をあえて一言にまとめるなら「芸術を食い物にする俗物は、芸術に呪い殺されろ!!」という話になります。
正直まったく賛同できないです。
こんな独りよがりな主張こそ芸術の価値を貶めると思ってしまうのは、私が芸術をまったく知らない無知者だからでしょうか。

 

たとえば主人公のモーフは、恋人ジョセフィーナにそそのかされてその元カレのアーティストを批評で散々こき下ろしてしまいます。
アート界隈でモーフは絶大な影響力を持つので、酷評された元カレは哀れアーテイスト生命を絶たれ失意から交通事故に遭ってしまうのでした。モーフは酷いヤツです。

 

…ってちょっと待てよ。
芸術の世界で成功するのはそもそも針の穴を通すような難しい話だって最初から分かり切ってる事実じゃん。元カレが失敗したのは全部モーフのせいなの?
その元カレもジョセフィーナとは浮気がバレて別れたという顛末もあって別に聖人君子じゃないし、そもそもジョセフィーナみたいなクソ女に関わってしまったという点も含めて身から出たサビじゃん。

 

それにいくらモーフが有名人でも、世界で唯一の批評家ってワケじゃないでしょう。
本当に元カレが優れたアーティストなら誰かがその良さに気付くんじゃない?
映画評論家のレジェンドたる蓮見重彦は『カメラを止めるな!』をボロクソにこき下ろしたけど、同作は日本中を席捲したじゃないですか。

 

とにかくモーフは最低野郎だと思うけど、だからと言って元カレ君に同情するべきポイントがあまり無い気がするよ…少なくとも劇中の情報だけでは。
引いては「有望なアーティストを批評家が勝手な都合でツブす」事案の例示になってないと思います。

 

モーフはモーフで「ホームレスロボット」なるアート作品を酷評したせいで、映画終盤に暴走したそのホームレスロボットに逆襲されて死んでしまいます。
でもじゃあ何? あの意味不明なロボットをソンタクして褒めちぎってれば死なずに済んだの?
それこそアートの意味って何?
「芸術家はみんなマジメに作品に取り組んでるんだから、作品自体じゃなくてちゃんとその熱意を評価しろ!」ってこと?
り、理解し兼ねる…。

 

出展:IMDb

このブサイクのどこを褒めればよかったんだよ!!

 

エンドロールでは、作中で数少ない真摯な人物であったジョン・マルコヴィッチがランドアートを描くシーンが流れます。
事ここに至っては「芸術とはこうあるべき!俺の考える『良い芸術』以外はみんな滅べ!!」という押しつけが強すぎて不快でした。

 

映画監督であるダン・ギルロイにとって最も人生に肉薄したアートはもちろん映画であるはずなので『ベルベットバズソー』の主張は

「商業主義に毒された映画は全部クソ!」
「アベンジャーズもアナ雪も、製作にかかわった奴は万死に値する!」
「砂浜に描く幾何学文様のような、小規模で原初的な試みこそ真の映画!!」

…と、こう言っているように聞こえるのですが、穿ち過ぎですかね。

 

私は『アベンジャーズ』や『アナ雪』をはじめ金儲け目当てで作られた超大作の中にも素晴らしい作品はたくさんあると思ってるし、だれであれ感性の赴くまま眼前の作品を「好き!」または「嫌い!」と言う権利があると思うし、クリエイターは「好き!」も「嫌い!」も受け止めなくてはいけないと思うし、映画愛に溢れた批評家だってたっっっくさん居ると知っているので、本作の薄っぺらい勧善懲悪にはまったくノれませんでした。

 

コキ下ろした風になってしまいましたが、ジェイク・ギレンホールのギョロ目を活かした怪しい演技は間違いなく絶品だったよ。
あと『ストレンジャーシングス』のナンシーちゃんことココたそが可愛かったので、まあ良い作品だとは思います(保身)。



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