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母親の内面に切り込む異色ホラー『ババドック 暗闇の魔物』 ※ネタバレあり 

おすすめ度
 □□  8点
【あらすじ】
アメリア(エシー・デイビス)は息子のサミュエル(ノア・ワイズマン)を一人で育てている、いわゆるシングルマザー。
しかしサミュエルは問題児で、突然大声で叫んだり他の子どもに怪我を負わせたり、まったく悪びれずにしょうもない手品を繰り返し見せてきたり全然可愛くない。
それでも母親としての責任を果たそうと甲斐甲斐しくサミュエルの世話をするアメリア。
そんな母子のもとに一冊の絵本が届く。「バ・バ・ドック」その不気味な絵本が悪夢の日々の扉を開く・・・。

突然ですが、動画配信サービスの最大の強みはマイナー作品への物理的障壁を取り去る所だと思っています。
あの映画観たい!
 →でも県内の映画館では上映しないみたい
 →諦めるかー(´・ω・`)
とか
あの映画観たい!
 →でも近所のレンタルビデオ屋には置いてないみたい
 →諦めるかー(´・ω・`)
みたいな話はありがちですが、動画配信サービスでは話は別。ドマイナーな作品だろうがトランスフォーマーシリーズだろうが、労力はどちらもぽちっとクリックするだけ。
もうはるばる隣の県のミニシアターまで3時間かけてドライブしたり延々レンタルビデオ屋の棚をサーチしたりしなくてもいいんだ!
と前置きが長くなってしまいましたが、本作『ババドック ~暗闇の魔物~』はまさに動画配信サービス(もっと言えばNetflix)が無かったら出会えなかったであろう相当マイナーな作品。それでいてこのまま埋もれるには惜しい大傑作です。
モンスターホラーを期待して観るとがっかりですが、シングルマザーの抱える閉塞感をこれでもかとネチネチ押しつけつつ、ラストでは意外な感動が待っています。
これめっちゃ好きなやつです!
 

※ ネタバレ警告※ 
以下の記事にて作品の結末に触れています!未見の方は注意!

誰もが持つ暗部を一本の映画に

いくら我が子が可愛いかろうとも、ストレスゼロの子育てはあり得ません。睡眠を害されたとき、やらなきゃいけない仕事を邪魔されたとき、高価な何かを壊されたときなど、誰だって我が子を疎ましく思う瞬間があります。そのときに親が抱くのは子どもに対する罪悪感と、子どもに対してでさえ暗い感情を抱き得る自分自身への不信感
誰にでも訪れるその瞬間を本作はとことんまで突き詰め、一本のホラー映画として成立せしめました。

『ババドック 暗闇の魔物』の顛末

本作のアメリアは旦那を事故で亡くしているうえ、息子のサミュエルは問題ばっかり起こす
物凄く手間のかかる子。あげく見た目も可愛らしくない。と言うか怖い
アメリアはサミュエルを愛してはいるものの、シングルマザーとして息子の養育に摩耗されていく人生にうんざりし始めています。
その心の闇に超自然的な「何か」が付け込んできます。いつの間にか家に置いてあった超恐ろしい挿絵の絵本を読みサミュエルは怯えます。しかし実は本当に恐怖しているのはアメリアの方。このまま息子への愛情が薄れていったらいつか取り返しのつかない惨劇を招くのでは・・・と漠然と感じていた恐怖を激グロの絵本によって目の前に叩きつけられてしまうからです。
アメリアは必死で正気を保とうと抵抗しますが、疲弊し切っていた精神を日々蝕まれとうとうババドックなる邪悪な存在に乗っ取られてしまいます。
正気を失ったアメリアは文字通りの悪魔憑き状態に。痛かった虫歯を素手で引っこ抜き、内心うるさく思っていた飼い犬を始末し、その魔の手をサミュエルにも伸ばします。
ここでサミュエル、問題児ならではの異様なアクティブさを発揮し母親=ババドックに反撃。人に迷惑をかけるだけだった手製の投石器が唸る!そして渾身の即席悪魔祓いで母親からババドックを追い出します。
正気を取り戻すアメリア。しかし諦めないババドック。アメリアの一番見たくない光景である旦那の死の瞬間を再現したりして再び精神を蝕んできます。しかしアメリアは、ずっと自分が守ってきたと思っていた息子に自分が助けられたことで守られていたのは自分だったと気付き、母親として本当の自覚を得ます。そして大絶叫とともにババドックを撃退するのでした。怯えたババドックは家の地下室に逃げ込み、二度出てくることはありませんでした。
エピローグでは晴れやかな顔になったアメリアと、手品の腕が上達したサミュエルが心から楽しそうに談笑します。
家の地下にはまだババドックが住み着いていますが、アメリアはエサ(そのへんで取れた虫)を与えて飼いならし、一緒に生きていくことを決めるのでした。

現実と妄想の境界

本作はババドックの実在を徹頭徹尾ぼかして描いています。ババドックが本当にいても、実はアメリアの妄想だったとしてもどちらでも同じ話が成立し得るのです。ここがとても上手い!
アメリアとサミュエル以外誰も超自然的な現象を目にしていない。例の超怖い絵本もアメリアがすぐ燃やしてしまうので、警察など他の人間は誰も見ていない。
傑作『パンズ・ラビリンス』を彷彿とさせます。
なぜホラー映画の主役とも言えるモンスターを淡い存在感で描いてしまったのか?
それはもちろん、ババドックがアメリア、言い換えれば世の母親みんなが持つダークサイドのメタファーだからです。長い爪をもったバケモノなどではなく、そもそもが「概念」なのです。ここは女流監督ならではの着眼点でしょう。

受け容れること

この映画が他と一線を画すのは、その概念たるババドックが最後に倒されてメデタシメデタシにしなかった所です。
どうあっても人間の心から闇を取り除くのは無理、という主張なのです。醜いも尊いもひっくるめて心。そこを否定しても始まらないとこの映画は語ります。
普通だったら自分と息子を殺しかけた危険なバケモノを、扉一枚しか隔てていない地下室で飼うなんて考えられません。でも本作ではそれで良いのです。忌むべき存在だったとしても、アメリアはババドックを自分の人生の一部として受け容れます。そうすることで初めて旦那の死を乗り越え、サミュエルと本当の家族になれたのでした。
母性によって自分を受け容れる強さが得られ、自分を受け容れることで母親になっていく。
力強い女性賛歌です。
B級ホラー感あふれるジャケットなので平凡なジャンル映画として埋もれがちですが、アグレッシブに切り込んだ力作です。
『ババドック 暗闇の怪物』はNetflixで見放題配信中です!

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