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『モーグリ:ジャングルの伝説』感想 バイオレンスなジャングル・ブック

2018年12月7日

出展:IMDb

 

期待のNetflixオリジナル映画『モーグリ』が遂に配信されました。

ディズニー映画として知られる『ジャングル・ブック』を実写映像化した一作ですね。
うん、まあ誰でも同じこと思ってるだろうけど敢えて言うね。何回実写化するんだよ『ジャングル・ブック』!!

しかし!
本作の監督を務めるのはなんとあのアンディ・サーキスと言うではありませんか。
『ロード・オブ・ザ・リング』ではゴラムを演じ、新生『猿の惑星』シリーズでは天才猿シーザーを演じ、『スターウォーズ』覚醒トリロジーではよく分かんないラスボスことスノーク最高指導者を演じ、それぞれ圧倒的な存在感を放ってきた言わばモーションキャプチャー界の神様。
そんなアンディ・サーキスが本作で監督初挑戦と聞けば、そりゃー期待のあまり多少の尿漏れは避けられないってもんよ!

しかも出演陣がクリスチャン・ベールにケイト・ブランシェットにベネディクト・カンバーバッチと超豪華。
『ロード・オブ・ザ・リング』ファン的には「ガラドリエル様とスマウグが出てくる映画をゴラムが監督する」という、嬉しさ2:困惑8みたいなカードになってます。

前置きが長くなりましたが、今回はそんな『モーグリ』の感想をお届けしたいと思います!

 

 

以下の記事 ネタバレ注意!!

 

 

話の大筋は

ジャングルで狼に拾われ育てられた少年モーグリが

自身のアイデンティティーに悩みつつ成長し

宿敵である大虎との決戦に挑む

という三幕構成で、古典・王道を忠実になぞったものになっています『モーグリ』。
しかし一方でディズニー版ともジョン・ファブロー版とも異なる、かなり攻め攻めなコンセプトも持ち合わせており油断なりません。

 

 

攻め攻め① 大流血祭り

ディズニーアニメと言えば徹底して「血液」を画面に出さないことで知られます。
『バンビ』とかでも、動物が猟師に撃たれる事実は音と仕草のみで表現されてました。はっきりした形で血が映ったのは後にも先にも『ターザン』ぐらいです。
これを上品さと捉えるか欺瞞と捉えるかは受け手の感性に依りますが、とにかくディズニーには血はタブーという鋼の教えが歴として存在するのは事実です。

ターザン(吹替版)

でも『モーグリ』は知らんぷり!
なんてったってディズニーとは縁もゆかりも無いからね! おんなじ話だからって遠慮する義理が無いからね!
という訳で本作は、もう全編に渡って待った無しの大残酷祭りです。

虎が獲物を攻撃すれば生々しい傷跡が出来て血が吹き出るし、放置された死体はハエがたかって腐ります。
ディズニーで言うところの「血はタブー」的なごまかしは微塵もなく、ジャングルで生きていくことの厳しさが如実に表現されてます。攻めるねー。

 

 

攻め攻め② 生首になる親友

流血描写に遠慮がない『モーグリ』ですが、中でもトラウマ級のショック描写は何と言っても主人公の親友ブフートの最期でしょう。
白い皮膚を持つアルビノ狼のブフートは見た目の違いからイジメられていましたが、同じ「異端」である人間のモーグリと心を通わせることで辛い日々を笑顔で過ごしています。だからモーグリが中盤で辛い立場に追い込まれても、ブフートだけはモーグリを励まし続けます。
けなげなヤツなんです。

でもモーグリは群れから追放された腹いせでそんなブフートに当たり散らし「お前はみんなと違う! 生まれながらの仲間外れなんだよ!!」と罵倒してしまいます。しゅんとしてモーグリの前から去るブフート…。モーグリ最低ですね。

で、このブフートが次に出てくるシーンが衝撃。
人間の村で生きていく決心を固めたモーグリが、村の猟師の部屋で見つけちゃうんですよね。ブフートの生首剥製を。

このシーンの鮮烈な悪趣味さと言ったら凄まじいものがあります。
親友と久しぶりに会ったら生首の飾り物になってました…ってもう『悪魔のいけにえ』のノリだよ。レザーフェイス一家の犠牲者だよ。
しかも喧嘩別れして仲直りできていないまま突然の訃報。
この後味の悪さはほんと強烈で、終盤のモーグリの行動を支える重大なモチベーションとして存在感を発揮してます。

ほんとスゲー大胆な脚本だよ。
動物が喋る系の映画なのに死体を使ってここまでアグレッシブに話を動かすなんて前代未聞だよ。

 

 

攻め攻め③ モーグリに居場所なし

本作では、過去の『ジャングル・ブック』映像化作で最終兵器的な位置づけだった「火」の出番はめっちゃ少ないです。
代わりにジャングルと文明の狭間で揺れるモーグリのアイデンティティーが深く掘り下げられています。

この描写も強烈。
なにしろジャングルも文明(人間の村)のどちらも超厳しく、モーグリを無条件で受け入れてくれる場所など最初からこの世には存在しないということを強く主張してきます。
徹底した突き放しっぷりです。

ジャングル側のキャラ達はみな排他的で、すったもんだがあるけれど最終的にはモーグリを「異端だから」という理由で追放します。
人間側のキャラには一応優しい人物も居るけれど、結局は親友の生首を飾って喜ぶ鬼畜集団です。
モーグリに行く当てなし。

動物にも人間にもなれず自分の居場所が無いことに苦しむこの主人公像は、アンディ・サーキス監督が『猿の惑星:創世記』で自ら演じた猿シーザーを思い出させます。

猿の惑星:創世記(ジェネシス) (字幕版)

そんなワケで、本作のモーグリも『猿の惑星』のシ―ザーと同じ結論に至ります。
すなわち、自分の居場所が無いなら創るしかない

自分の弱さが親友の死を招いたという事実に吹っ切れたモーグリは、ジャングルの超越者=ゾウを味方につけ宿敵の大虎と親友の仇であるハンターを一挙に退治。前族長アキーラの最期を見届けることで自ら支配者に君臨し、新しい時代を築いていくのでした…というラストで映画は終わります。

昨今ハリウッドに吹き荒れるポリコレ旋風の中、ザ・異端者を主人公に据えた『ジャングル・ブック』をサーキスがどう料理するのか注目してましたが、戦わない者にアイデンティティーは宿らないというかなり突き放した主張に帰結させてきましたね。
長年人外キャラを演じ続けてきたサーキスならではの視点でしょう。
『ザ・グレイテストショーマン』みたいな「みんな違ってみんな良い」的幼稚さに終わっておらず大変印象的でした。ステキ。

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