おすすめ度
■■■■■■■■■□ 9点
【あらすじ】
二人組の銀行強盗を二人組の保安官が追う。
二人組の銀行強盗を二人組の保安官が追う。
netflixオリジナルでありながらアカデミー賞作品賞を含む複数部門にノミネートされた力作です。『ビーストオブノーネーション』しかり、動画配信サービスの自主製作映画が賞レースに躍り出るのも珍しくなくなった感がありますね。キャストも物凄く豪華。
本作、すごく良かったです。
多くは語らない独特のテンポが特徴的で絵的にも派手なシーンは少なく、ストーリーも淡々と進む。間違いなく地味な映画です。
じゃあ退屈なのかと言えばそれが全くそんなことはなく、登場人物たちの背景が明らかになるにつれ「奪われる側の怒り」というテーマが徐々に浮き彫りとなり、それが壮絶なラストへ繋がる流れは圧巻の一言です。静かな映画だからこそ後半の展開に凄みが増しています。退屈どころか引き込まれます。
本作の舞台となるテキサスといえば子ブッシュを輩出したイメージ悪い州。畜産と荒っぽい土地柄でも有名ですね。レザーフェイス一家がよく暴れまわっている州でもあります。
荒っぽさは本作でも強調されまくっており
保安官「怪しい者を見なかったか?」
通行人「見てたら撃ち殺しているよ」
保安官「そんなことしたらお前が面倒に巻き込まれるぞ」
通行人「ああ。死体が見つかればな(立ち去る)」
こんな感じです(((( ;゚д゚)))
登場人物がみんなカウボーイハット被っているのも印象的です。銀行強盗が起きると自警団がどこからともなく現れて警告無しでバンバン銃をぶっ放すのも凄い。ここは本当にアメリカなのか。テキサスぱねぇ。
登場人物がみんなカウボーイハット被っているのも印象的です。銀行強盗が起きると自警団がどこからともなく現れて警告無しでバンバン銃をぶっ放すのも凄い。ここは本当にアメリカなのか。テキサスぱねぇ。
ですが本作でさらに強調されているのは、テキサスの町々に漂う「行き詰まり感」です。
逃げられない貧困
どこまでも広がる不毛そうな荒地はもとより、町があってもたたずまいは寂しくボロ屋の庭には「売物件」の立て看板。目につく広告はみんな借金関係のもの。野火から牛を連れて逃げるカウボーイは「21世紀にもなって火を恐れて逃げなきゃいけない。子どもが家業を引き継がない訳だ。」と自嘲する。
近年アメリカに限らず世界中を苦しめている人類最大の敵「格差と貧困」。その縮図です。
銀行強盗兄弟を追跡する保安官のアルバートは、見るからにネイティブアメリカンの血を引いている濃ゆいお顔の持ち主。その彼が「この土地(アメリカ)は白人がネイティブアメリカンから奪ったものだ。今度は銀行が白人から奪おうとしている」と言います。本作の主張が込められています。
貧困。格差。奪われる側。これらのテーマは終盤の「貧困は親から子へ伝染する病気のようなものだ」というセリフにも如実に現れています。奪われし者たちが奪い返す物語だということが分かります。
もちろん、貧しいからいと言って銀行を襲っていい理由にはならない。兄弟は相応の報いを受けることになりますが、彼らなりの切迫した背景が本作に一筋縄ではいかない深みを与えています。
タイトルの意味
本作の邦題は「最後の追跡」となっていますが原題は「hell or high water」です。hell(地獄)だろうがhigh water(高波)だろうがということから『何が何でも』という意味の慣用句になっています。
誰のどの行為が『何が何でも』なのか。それはエンドロールで本作の監督の実両親の名前がテロップされることで観客の心に沁みていきます。
ものすごく地味な映画かつ宣伝も全然目にしないので頗るマイナーですが、是非多くの人に知ってもらいたい作品です。
警告 ※ ネタバレ ※ 警告
以下の記事にて作品の結末に触れています!未見の方は注意!
以下の記事にて作品の結末に触れています!未見の方は注意!
結末
終盤、銀行強盗に失敗し警備員と人質を成り行きで殺害してしまった二人はとうとう追い詰められてしまいます。
兄のタナーは弟を逃がすために警察を引き付けるオトリとなり、車を爆破したり丘に陣取って追っ手を狙撃しまくったり大立ち回りを演じます(この狙撃で保安官アルバートは死亡。マーカスの怒りが爆発する)。弟トビーはその騒ぎに乗じまんまと逃げおおせるのですが、兄が銃撃戦のすえ射殺されたことを後でニュースで知り奪った大金を握りしめるのでした。
後日。トビーは事件と関与無しと判断され司法の追及を受けることはありませんでした。しかし証拠こそ無いものの彼こそ銀行強盗の主犯だと確信するマーカスは最後の決着をつけに彼を訪れます。が、結局話をしただけで別れる二人。お互い死ぬまで重荷を背負うことを確認し合うのでした。
クリス・パインのまゆげ
知的で物静かな弟のトビーを演じるのは若カーク艦長ことクリス・パイン。
清潔感溢れるエンタープライズ号のブリッジから一転、砂埃舞うテキサスが舞台の本作では本人もすっごい無添加顔になりひげも眉毛も伸び放題。眉毛が伸び放題なのは元からか。
「札束は足がつくので、少額でもバラの紙幣を狙う」「強盗に使った車は埋める」「カジノのチップを介して簡易的に資金洗浄する」など常人を超えた発想の計画でそもそもが無茶な銀行強盗を次々に成功させます。しかしその一方で銀行の客が銃を持ってても「おじいちゃんから何か奪うなんて出来ない!」と放置して後で自分が撃たれるというポンコツな一面も持ち合わせており、そもそも性格が犯罪に向いていないようです。
とは言え兄に難癖をつけてきたチンピラを容赦なく素手で半殺しにしたりしており、カタギかと言えばそうでもない。離婚の事情も何か訳アリのようだし生きていればいろいろあるよね。
彼の『何が何でも』子供たちには自分と違う人生を生きてほしいという欲望がすべての始まりなのでした。
ラストシーン、兄を殺したマーカスに対して「今度会ったら安らぎをくれてやる」と言い放つのも強烈な印象です。
ベン・フォスターの
野性
やんちゃな兄タナーを演じるのはベン・フォスター。
自警団を追い払うためにアサルトライフルをぶっ放すシーンがとても良いです。リロード時間を短縮するために弾倉の底同士を接着(ひっくり返すだけで再装填できる)していたり、100メートル以上離れた保安官にヘッドショットをかましたり「前科がある」だの「日常的にコヨーテを狩ってる」だのでは到底説明つかない高い戦闘能力の持ち主。例によって多くを語らない映画なので彼のバックボーンも分からず仕舞いですが、もしかしたら『メカニック』のときジェイソン・ステイサムに色々教わったのが効いたのかも知れません。
岩に腰かけたままの姿勢で静かにこめかみを撃ち抜かれるシーンは泣ける。やれることは全部やったんだね。事件に巻き込まれた人達のことを思えば死んで当然の悪党なのですが、彼には彼の『何が何でも』しなければならないことがあったのでした。